アインシュタインの相対性理論からの脱却
アインシュタインの相対性理論は、「動いているものの時間は遅れ、長さは短縮している」と教える。一般相対性理論は、「重力の存在は、時空の歪である」と教える。航空機搭載した原子時計やGPS衛星の原子時計は、確かにアインシュタインの相対性理論の示すとおりに遅れている。このことは疑う余地もなく、正しいことである。また、異なる標高に置かれた原子時計の刻む時刻は互いに異なり、地上から離れるほど振動数が高くなっている(進む)。このことも疑う余地もなく、正しいことである。
しかしながら、そのような観測事実をもって、アインシュタインの相対性理論が正しい(すなわち、時空は歪んでいる)と結論づけてはならない。それでは、物理的思考を行ったことにはならない。一般相対性理論は、特殊相対性理論への帰結であるから、一般相対性理論の本質は特殊相対性理論と言える。しかしながら、現代の物理学は、特殊相対性理論と一般相対性理論とは別物であるかのごときに設定している。
なぜ、航空機搭載やGPS衛生搭載の原子時計は遅れてよいのか?また、重力場で原子時計の刻む時間はなぜに標高に依存してよいのか?これらの実験事実は、なぜに、時間や空間の歪を実証していることにはならないのか?これらの問に答えるには、アインシュタインの呪縛から解放されなければならない。
一定速度で飛行している航空機の時間が、その一定速度の存在によって地上の時間よりも遅れ、長さも縮むというのなら、「それでは、地上の時間や長さはどこの誰の持つ時計や物指しに対して遅れ、また長さも縮んでいるのか?」というような問が投じられる。すなわち、アインシュタインの時空の歪を信じると、基準となる絶対静止空間の時計や物指しの存在の探究を強いられる。皮肉にも、アインシュタインの相対性理論は、絶対静止空間の存在を本質とする理論になっているのである。
アインシュタインの相対性理論の世界観によって宇宙を眺め、また素粒子を覗いていたのでは、物理の発見はあり得ない。また、重力の本質の議論も思考停止させられる。
従来の相対性理論の数式の展開は正しいと言えるが、その物理的定義は天と地が逆転している。
まさにこれは、天動説から地動説への転換に似ている。
ぜひ、仲座の新相対性理論を堪能して頂きたい。
外部リンク(Physics)から適宜ご参考ください。