仲座栄三 新力学研究所
2025年02月22日

乃木坂46が問う「わたしはずっと答えを求めている。わたしがなぜここにいるのか?」

NOGIZAKA46's Relativity: Why am I here? I have been searching for answers.

URL 乃木坂46『相対性理論に異議を唱える』

A group of Nogizaka46 sings a song titled “I object to the Einstein's Theory of Relativity”. In the beginning of the music video, the song begins with the words, “I have been seeking answers. Why am I here? As a physicist, I would like to answer this question, but the question is really a difficult one for me.

乃木坂46の『相対性理論に異議を唱える』は、冒頭、「わたしはずっと答えを求めている。わたしがなぜここにいるのか?」と問う。この問に、物理学者的に答えてあげたいが、難解である。

この歌は、理解が困難なアインシュタインの相対性を考えるのに、素晴らしい題材の一つと言える。科学が若い歌手達の歌として歌われたことには、目からうろこである。また、「アインシュタインの相対性理論は誤っている」と主張する研究者にとっては、この歌の出現は、奇跡的に表れたエールとも受け取れよう。

物理学におけるアインシュタインの相対性を念頭に、歌の意味の要約は、次のように説明される。

MVのはじめに、「光を追いかけるが、追いつけず、つかむことができない」というようなシーンが現れる。光の玉は、止まっているように見えて、追いかけると、一定速度で遠ざかってしまう。これは、アインシュタインの相対性理論が言う「光速度不変の原理」を説明していると思える。光は走っている(と思っている)人にとっても、また、静止している(と思っている)人にとっても、同じ速さで移動(伝播)することを、アインシュタインは、相対性理論を考えるにあたって、「光速度不変の原理」として位置付けている。

ふつう、我々が体験することでは、時速10kmで走っている車をその速度と同じ時速10kmで追いかければ、その車は静止して見える。そのような経験からすれば、光の速さで光を追いかけることができれば、その光は(車の場合と同じように)静止して見えて、手に取ることができるはずである。しかし、光をいかに速い速度で追いかけても、その光は、常に、一定の速さで逃げてしまう。このことは、実に不思議なことであるが、このようなことは、光に対する物理学実験でもすでに確かめられているので、このようなことを、「光速度不変の原理」として、受け入れようではないか。光の速さは、格別に、そのような不思議なものである。そのことを問答無用に受け入れましょう。というのが、アインシュタインの光速度不変の原理と呼ばれている。

上で、(と思っている)」と補足したが、相対性理論は、自分が一定速度で移動しているのか、それとも自分が静止しているのか、いずれであるかを絶対的に決めることはできないということを「相対性原理」として位置付けている。このことは、静止していると思っている人から見て、相手が一定速度で移動していると見えても、その相手から見ると、逆に静止していると思っている自分が一定速度で移動して見える、ということを説明している。このことは、電車の駅などで、静止していた自分の乗る電車が一定速度で移動し始めたにも関わらず、車外に見える静止している電車が動きだした、と見ることの例で説明されたりする。物理学においては、このように、自分が絶対的に移動しているのか、それとも絶対的に静止しているのかを絶対的に決定することは不可能であると考える。このことを、「相対性原理」と呼んでいる。理論が相対性理論と呼ばれるゆえんは、その理論が「だれが一定速度で移動しているか、あるいは誰が静止しているのか、を絶対的に決めることができない(相対性原理)」を相対性理論の構築にあたっての大原理としていることによる。物理学においては、自分から見て「相対的に、一定速度で移動している相手」と仮定して理論展開を始めることから、相対性理論、相対性・・・(なんとか)などと、呼ばれる。したがって、「楽しいから」とか「苦しいから」とか感覚の変化を相対的に比べることと、物理学的にいう「相対的(物事が対象であること)」とは無関係なことであることに注意が必要である。同時に、ここでは常に、「一定の速度で・・・」と説明していることにも注目しておくことが必要である。

「自分が絶対的に移動しているのか、それとも絶対的に静止しているのかを決められない」とは、「馬鹿げている」と反論されることが想定されますが、「絶対的」にというところが肝要である。重力のない暗黒の空間で、自分の宇宙船と相手の宇宙船とが一定速度ですれ違った場合を想定すると、「どの宇宙船が移動しているのかを」絶対的に決めることはできないという例で少しは理解できると思う。このことを、物理学では「相対性原理」というのである。

次掲載以降において、順次説明していきます。